この本はマイクロソフト社の1990年以降の事業を中心に「開発環境」「人事管理」 「社員採用」「マーケティング」「新市場への参入」といった側面に触れた本であ り、われわれがマイクロソフトという企業から何を学ぶべきで、何を期待してはい けないかを提示する。
この本は MS Press の出版物ではない(アスキー出版局による訳本でもない)。 外部の人間によって編集された本だ。
著者はMSを弁護している。そして、MSとビル・ゲイツを無根拠なバッシングに さらしている原因を、アメリカという国に蔓延する「反主知主義」のせいではない か、と分析する。一般にアメリカ人は"努力すればどのような人間にも成功のチャ ンスはある"と考えている。しかしマイクロソフトは本当に優秀な人間しか採用し ない。ゲイツは「ソフトウェアを書く人間を選ぶときにはIQを重視する」と言い 切る。著者の言葉を借りれば「頭のいい人間が尊敬されるような組織を作り出すテ クニックこそ、マイクロソフトを成功に導いた唯一最大の要因であり、だれもがあ えて見ようとしない側面なのである」。
この本ではネイサン・ミアボルドというゲイツのパートナーが何度も登場する。ミ アボルドは「ビルゲイツ・未来を語る」の共著者だが、ケンブリッジ大学において スティーブ・ホーキングの元で天文物理学を研究していたという経歴を持つ。 マイクロソフトはプログラミングの経験者ではなく(プログラミングの経験なんて どうせすぐに陳腐化してしまう!)、このような抽象的な思考能力を持つ人間を求 めているとのことである。
マイクロソフトの社員の多くは自社株のストックオプションを持つ「大金持ち」 だ。「何しろそこでは、数千人の百万ドル長者と億万ドル長者、そして二人の十億 万ドル長者が闊歩し、しかも毎日汗水たらして働いているというのだから」。 そんな人間たちが会社に忠誠を誓い続けられる職場環境。これはマイクロソフトが 精神的・物理的な労働環境の改善に多くの努力を重ねてきたことを物語る。 「デバッギング・・・」で語られていたことを裏付けているように思える。
毎日のように伝えられる「マイクロソフトが○○という小さなソフトウェア会社を 買収した」というニュースも、この本を読めば受け取り方が変わるだろう。マイク ロソフトは多くの場合、優秀な人間を社員として迎え入れるために買収を行うので あり、その会社で書かれたソースコードは破棄することさえあるらしい。 そして、優秀な人間が率いる小さなソフト会社の存在を許すとどのようなことが起 こるか、個人財務ソフト「クイッケン」を開発したインテュイット社と「マイクロ ソフト・マネー」の競争、インテュイット買収計画、その挫折についてのエピソー ドが雄弁に語っている。
この本が語るもう一つの側面は、マイクロソフトという会社の我慢強さだ。 著者は「エンカルタ」という CD-ROM 百科事典のプロジェクトを通じて、この会社 の気質を語る。そのプロジェクトは 1984 年に CD-ROM が世に出て以来、1993 年 に発売されるまで、ずっとゲイツが推進し続けてきた。その原動力になったのは" パソコンを事務機器から家電製品に変える"というビジョンだったようだ。だから 単なるテキストの百科事典の焼き直しではなく、音声や動画をテキストよりも重視 した製品にこだわり続けた。マルチメディア対応には技術的な困難も多く、マーケ ティングも難航したが、結果としてエンカルタは93年のクリスマス商戦で初めて 大勝利を収めた。ゲイツいわく、95年現在、世界で最も売れている百科事典は 「マイクロソフト・エンカルタ」であり、世界第2位である「ワールドブック」の 売り上げの5倍とのことである。
もう一つのプロジェクトも、マイクロソフトの我慢強さを物語る。 それは双方向テレビに始まりMSNへと発展する、オンライン・サービス事業であ る。これも"パソコンはテレビに代わる家電製品になるべきである"というゲイツの ビジョンが事業の出発点になっているようだ。
エンカルタが紙媒体の百科事典を駆逐したように、MSNがテレビを駆逐する日が 本当に来るのだろうか? 現在はあまり成功していないMSNだが、MSにおける双方向テレビの開発が始 まったのが92年だとすると、エンカルタに費やした期間から考えて、まだその成 果を語るのは早計ではないかと僕には思えてきた。
この本は独占禁止法をめぐる連邦取引委員会とのやりとりにも触れ、委員会の調査 がソフトウェア産業という新しい業界においては時代錯誤的であると批判する。 また、最後の章ではビル・ゲイツの個人資産やプライベートについて整理し、「ゲ イツは慈善活動を活動の中心に据えるべきだ」という一部の意見に批判的な見解を 述べている。
マイクロソフトは未知の問題に対して「"仮の答え"で行動し、"次の答え"を探し続 ける」。多くの人はこうした経験を重ねていくマイクロソフトの現実から目をそら し、暗黙の未来に対する漠然とした不安を"アンチMS"に託す。 マイクロソフトの姿勢は大衆の反インテリ思想を打ち消す解毒剤になるだろう、と 著者は語る。そして、この本もまた"アンチMS"に対する解毒剤としての効果が 期待できるかも知れない。
それにしても"残り 95 % "の我々にできることってなんなんだろう。。。